はじめに
2025年の育児・介護休業法改正は、単なる制度の拡充ではなく、企業の人的資本マネジメントの在り方を根本から問い直す転換点となっています。これまで企業の両立支援は「制度を整備すること」が中心であり、休暇付与やテレワーク推奨、残業制限など、規程の整備に重きが置かれてきました。しかし今回の改正では、制度を”使ってもらう”ための環境整備が義務化され、企業は従業員の介護と仕事の両立を実質的に支援する体制構築が求められるようになります。
改正の要点は「介護離職防止のための雇用環境整備」「両立支援制度等の早期(40歳等)の情報提供」「介護直面時の個別周知と意向確認」の三つです。これらは、従業員が介護に直面した際に起こりうるリスクを早期に把握し、必要な支援に確実につなげるための「仕組みづくり」を求めるものといえます。制度を整備するというだけでは不十分であり、従業員が制度を積極的に使える文化・風土を醸成していくことが大切です。
1. 従業員の介護離職は「誰かの問題ではなく」組織の構造的リスク
働きながら介護をしている人は増加傾向にあるなか、従業員が介護と仕事の両立に悩み離職してしまうことは、企業にとっても大きな損失です。2030年時点では約318万人に上り、経済損失額は約9兆円と試算されています。少子高齢化で生産年齢人口の減少が続き、企業の人手不足が深刻化している現状を踏まえると介護と仕事の両立支援は福利厚生の一部ではなく、人的資本経営の中核を成すテーマではないでしょうか。特に中小企業では、40〜50代の中核人材が介護離職に陥ることは、本人のキャリア断絶だけでなく、事業継続に直結するリスクであり、早期の対策が不可欠です。
【参考資料】経済産業省「経済産業省における介護分野の取組について(P3)」をもとに作成(参照:2026年7月27日)
2. 改正法が求める企業の制度整備のポイントと実施上の留意点
(1) 両立支援制度等の早期(40歳等)の情報提供
企業は従業員に対し、介護と仕事の両立支援制度を十分活用できないまま介護離職に至ることを防止するため、介護に直面する前の段階(40歳等)に、介護休業や両立支援制度に関する情報提供を行う必要があります。資料配布だけではなく、理解促進のための研修や説明会の実施が望ましいとされています。
そこで留意すべきことは、事前に準備することの重要性を伝えること、介護休業制度は、介護の体制を構築するための期間であることを周知することです。介護は突然始まります。介護休業に関する制度や地域包括支援センターの役割を知っておくだけでも、介護に直面した際の心理的な不安は軽減されます。また、社内の両立支援制度の利用方法を明確化することはもちろん、相談窓口などがあれば、周知も行います。この情報提供の質が早期相談に繋がるのです。
介護に直面する前の早い段階(40歳等)での情報提供
労働者が介護に直面する前の早い段階で、介護休業や介護両立支援制度等の理解と関心を深めるため、事業主は介護休業制度等に関する以下の事項について情報提供しなければなりません。
| 情報提供期間 |
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|---|---|
| 情報提供事項 |
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| 情報提供の方法 |
(1) 面談 (2) 書面交付 (3) FAX (4) 電子メール等 のいずれか 注:(1) はオンライン面談も可能 |
※出典:厚生労働省資料「育児・介護休業法 改正ポイントのご案内(P3)」をもとに作成(参照:2026年7月27日)
(2) 介護直面時の個別周知と意向確認
従業員が介護に直面した際、企業は制度内容を個別に周知し、働き方の意向を確認する義務を負うことになりました。これは、従業員が制度を使わずに離職してしまう事態を防ぐための重要なプロセスでもあります。
留意点としては、本人の状況を深掘りしすぎない。これはプライバシーの問題でもあり、個人の家庭的問題などの背景までを根掘り葉掘りと把握する必要がないからです。介護はプライベート性が高く詳細を語りづらい領域でもあります。この時点で抵抗感が強くなると語らずに人知れず退職を選ぶ、またはハラスメント行為と捉えられてしまうかもしれません。
「使える会社の制度」「働き方の選択肢」を事実ベースで提示することが大切です。どのようにすれば介護と仕事を両立できるのか、考えてもらうための選択肢の提示です。また、介護に関する従業員とのコミュニケーションに不安がある場合、上司一人が抱え込む必要はありません。人事担当者の同席や、場合によっては産業医、外部相談窓口などを利用することも有効です。従業員が安心して相談できることが大切です。
介護に直面した旨の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認
介護に直面した旨の申出をした労働者に対して、事業主は介護休業制度等に関する以下の事項の周知と介護休業の取得・介護両立支援制度等の利用の意向の確認を、個別に行わなければなりません。
※取得・利用を控えさせるような個別周知と意向確認は認められません。
| 周知事項 |
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|---|---|
| 個別周知・ 意向確認の方法 |
(1) 面談 (2) 書面交付 (3) FAX (4) 電子メール等 のいずれか 注:(1) はオンライン面談も可能。(3)(4) は労働者が希望した場合のみ |
※出典:厚生労働省資料「育児・介護休業法 改正ポイントのご案内(P3)」をもとに作成(参照:2026年7月27日)
(3) 介護離職防止のための雇用環境整備
従業員が制度を使いやすい環境を整えることが求められています。制度が存在しても、職場文化や上司の介護に直面した時の個別の困りごとへ理解する力がなければ利用の促進とはならないため、「職場の文化づくり」が重要なテーマとなっているのです。文化づくりのために、いくつか方法を提示します。
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1
管理職向けの介護相談対応研修を定期的に実施 -
2
介護者コミュニティやピアサポートの導入 -
3
相談窓口の専門性を高め、外部機関(EAP等)との連携を強化
このような取り組みを一時期のブームに終わらせるのではなく、継続的に行うことで、従業員全員が介護を話題にしやすい文化がつくられます。そして、いつの日か介護に直面した際に、どうしたら良いのかといったモデルケースの存在は、従業員の行動の指標となり、介護開始直後の不安やパニックを回避できます。こういったことが、心理的安全性に繋がり、健康的な職場になるのではないでしょうか。
介護離職防止のための雇用環境整備義務
介護休業や介護両立支援制度等(※)の申出が円滑に行われるようにするため、事業主は以下(1)〜(4)のいずれかの措置を講じなければなりません。
- (1)介護休業・介護両立支援制度等に関する研修の実施
- (2)介護休業・介護両立支援制度等に関する相談体制の整備(相談窓口設置)
- (3)自社の労働者の介護休業取得・介護両立支援制度等の利用の事例の収集・提供
- (4)自社の労働者へ介護休業・介護両立支援制度等の利用促進に関する方針の周知
※ i 介護休暇に関する制度、ii 所定外労働の制限に関する制度、iii 時間外労働の制限に関する制度、iv 深夜業の制限に関する制度、v 介護のための所定労働時間の短縮等の措置
※出典:厚生労働省資料「育児・介護休業法 改正ポイントのご案内(P2)」をもとに作成(参照:2026年7月27日)
3. 従業員から相談を受けたときのポイントと介護の「予測困難性」への理解
介護は育児と異なり、いつ始まり、いつ終わるかが分かりません。終わりの見えない不安に従業員が一人で立ち向かうとき、キャリアをあきらめてしまいがちです。職場相談では、この特性を踏まえた対応が求められています。
介護は一人として同じケースはありません。それぞれの家族関係、経済事情、要介護者の状態、生死感など想像するだけでも多種多様なことが分かります。だからこそ予測も困難なのです。その対応を上司だけが対応することには限界があります。上司や会社ができないことは、対応可能な相談先へしっかりとリファーすることが大事です。専門外の相談を引き受けることは、マイナスの働きを起こす可能性があります。社内の制度や働き方については、しっかりと相談にのっても、介護上の人生相談にはのらないということです。
4. 企業が目指すべき「介護と仕事の両立」
制度整備は出発点に過ぎません。企業が目指すべきは、従業員が介護に直面してもキャリアを断念せずに働き続けられる文化の構築です。制度・文化・相談体制の三位一体で従業員を支える必要があるのではないでしょうか。
介護はもはや個人の問題ではなく、組織の持続可能性を左右する戦略的課題です。「あなたの組織は、介護が始まったあなたに対し、そのキャリアを寸断することなく支えてくれる環境だと自信をもって言えますか?」この問いに真正面から向き合うことこそが、企業の人的資本経営の成熟度を示す指標となるのだと思います。





